デグー里親さんが現れたという事で、名古屋から東京まで出張する必要が出てきた。これは田舎の祖母に会いに行く丁度良い機会だ。もう既に私の事は判らないのだろうが。祖母が痴呆症になったのはいつの頃なのだろうか。入院しているとの事だしもうそう長くないのだろうと思っている。思っている、というのは詳しい情報が流れてこないからだ。只半年ほど前に会いに行った妹によれば、彼女の事も判別できなかったという事だ。母も見舞いに行ったとの話も聞かない。とすれば電話口で「余命はあとどのくらい?」等とは聞きにくかろう。聞いたとしても子供(我々)とはそんな対話をする事も余りないだろうが。
もうちょっと早く判っていればちゃんとお別れを言えたのだろうか?そう書いてみたところで、生きて意識がある人に対してお別れも何もないのだろうな。そういうのは自分の心の整理という物なのだろうし。只私は死に対して特別に嫌悪感を覚えたりしないし、天国や地獄がある等とも思っていないので(というより積極的に神はいない!宗教は人間が作った物だ!と唱えているので)只死ねばソレまで。生きるのだって楽ではないのだし、死んで良い事もあるとすら考えている。
実際の所、ボケちゃった彼女は幸せな一日を過ごしているのだろうか?
脳に腫瘍ができて倒れた後から数年の、亡くなる前のお爺ちゃんは私の「好きな」お爺ちゃんではなかったし、ボケちゃったお婆ちゃんも、もう私のお婆ちゃんではない・・・そんな事は言ってはいけないのだろうけど、「こんな人知らない」と感じる心は自然に湧き上がってくるもののような気がする。しかし思い出そうとしても大した思い出は出てこない。焼き芋焼いたり、畑に行ったり…不思議な事に昔からお婆ちゃんはお婆ちゃんだった。本当は若かった筈なのに。彼女は今時流行りの自分らしい人生等というものは歩んでいないだろうし、母には男の従属物で詰まらない人生だったと思われている。本当はどうだったのかわからない。彼女自身が満足していたのかどうかもわからない。曾御婆ちゃんを思い出すと、歯はなくなって飴ばっかり食べていたけど、曾孫と猫に囲まれて、縁側に座って静かな余生を過ごしていた様な気がする。今の歳になって思うのは、その歳になって孫に囲まれて縁側に座っていられるというのは幸せで心の安静を得られる状態なのではないか、という事だ。お金持ちでもないし、海外旅行もしなかっただろうし、農家の暮らし向きはそう楽ではなかっただろう。戦争も体験したし、ブランド物など無縁で質素な服しか持たなかっただろう。それでも人生の最期にそうやって穏やかな時間を過ごせたというのは幸せな事だろうと思う。今の私は彼女達の持っていなかったものを持ってはいるが、そのような穏やかな最期があるとは思えない。つくづく、未来は自分が引き寄せているのだと思う。「それでも良い」と思っている自分がいる。でもお婆ちゃん、御婆ちゃんの最期は安らかでありますように。最期に苦しみませんように。
・・・こんな時は祈る神がいればよいのにと思う。でも大丈夫だ、私の思いは私が伝えるのだ。もう手遅れのような気もするけれど、多分それでも行かないよりはずっとマシなのだ。




里親募集っていうのは人間の子供限定なのだ!と主張するサイトを発見。
そう言われればそうかも、という気がする。

簡単に里親さんが見つかるかと思えばそうでもないらしい。
文章にやる気が見られないというのか!!(TOT)
欲しがってた友達は猫も飼っているから断念。
あんまり長引いてもナ・・・という訳で他所の里親募集掲示板にも書き込みしました。
意外なところで同業者の奥様がちょっと興味を持ってくれたみたい。
また来週交渉ですヨ。

今日のちびたんは42g。
写真の子はおそらく45gはありそう。
子供たちの固体識別をしてちゃんと計量したほうが良いと思っているのですが、
どうやって識別したらいいのか考えあぐねている。
首輪を付けられるような首でもないし。
尻尾に紐・・・というのもイマイチのような。
爪に色違いのマニキュアでもしてみるかしら。
・・・良い案という気がしないなぁ。

今日のぽっちゃりっ子は48g。

子供たちは水を自分で飲めるようになりました。
写真は撮りたいんだけど逃げられちゃって取れない。

でも近づいてしゃがむとワラワラ手に寄ってくるようになりました。
何故か。
ヒントは空になったおやつ入れに!!
・・・どうやら遊びに来た友達×2がおやつで餌付けしまくったらしい。
もう平気で手に乗ってくる。
でもオヤツの食べすぎはダメダメ!