なんとなく、日本人まとめ

なんとなく、日本人(小笠原 泰著)まとめ


後半を読んだのでまとめ。

日本的リーダーに求められるのは、絶対的不確実性が高い環境で、その不確実性を相対的に下げ(人々が不確実が下がったように感じる様にすること)、個別最適化行動が組織の全体最適と合致していく(少なくとも全体最適を阻害しないようにする)ために、既存の役割構造を再設計し役割のベクトルを変えていくという内科的処理能力である。

日本の強さ(換骨奪胎)
①日本化(無力化。魂を抜くこと。本質を抜くこと)
②役割設定
③精密化
④関係性の構築(モノ=客観性ではなくコト)(動物と交流とかエンジンとも交流とか)

この部分が最も重要な「それで何なの?」っていう所。
日本人が「不確実性」を好きになれないということは変わらず、「新たな帰属集団を模索」するだろうとの事。
そして「帰属集団」とはもう企業ではないかもしれないということ。


・日本人はお上志向が強く、体裁としての結果(玉虫色)にこだわる。
・日本では自発的けじめがつけにくい。(自殺すればOKというのではない)
 自発的けじめ=自らの行いを自ら客観評価し、判断し、それを公にする。
 自発的けじめと、自己の行為の清算を混同して、国際社会で振舞うのは×
・ソトに対するナイーブなまでの無関心と感受性の低さ
・最近の若者の「目立つことを嫌う傾向」
・和や場の重視:ネット上ですら。


もうちょっと突っ込みたい所

インド人の考える「ゼロ」が数学的質量的ゼロであり、論理の世界の概念であるとすれば、日本人のから(空)は「無」であり、主観を排除した直感の世界であり、一貫した倫理=理性の世界ではない。

何でこうなる、というのが仏教への造詣が深くない為にイマイチピンと来ない。
インドや中国ではあまり広がらなかった「東洋思想」「仏教思想」
欧米人が大好きでビューティフォーでオリエンタルだと思ってる「東洋思想」(コレ、案外中国人は嫌いだ)
日本に入ってきてオリジナルとは違う方向へ向かって発展してしまったのか(禅とか)
じゃぁそれは東洋思想じゃなくて日本思想なのか。


日本人は自分の事をなんとなく仏教徒だと思っているけれども、
実際の仏教の教えを理解しているわけではない。全く。
しかし「お互い寄りかかって生きてる」とか「魂」だとか、自分にとって受け入れやすい所だけは受け入れてOKって事にしてしまっているのかな。
こういうなんとなくイイトコドリする姿勢っていうのは、日本の特色、強みでもあって
日本人の中に原理主義的なものが生まれにくい所以なのかもしれない。



日本人が空気を読むとか、「郷に入っては郷に従え」とか「和をもって尊しと為す」とか
日本人にとっては悪いイメージのない言葉、行動だけれども、
特に「郷に入っては〜」という態度が、外国に行ってもそうである場合
欧米人からするとポリシーの無さ、一貫性の無さ、論理性のなさとして映るのかもしれない。


参考文献